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2012年6月

2012年6月23日 (土)

白虎隊士達も歩いた飯盛山の戸ノ口堰洞穴

私は先週、2泊3日の日程で福島県の会津地方を旅行してきたのですが、会津若松では、白虎隊の聖地として知られる飯盛山にも行ってきました。その飯盛山の山中にあるのが、戸ノ口堰洞穴という地下水路です。

戸ノ口堰(せき)は、今から約400年前の元和9年(1623年)、猪苗代湖の水を会津地方に引くため郷士八田氏が起工した水路で、70年間にも亘る工事の末、元禄6年(1693年)に鶴ケ城下まで水路が開かれ、会津の水田2,500ヘクタールに猪苗代湖の水が供されるようになりました。
その後、戸ノ口堰全長の大改修が行われ、天保3年(1832年)に、戸ノ口堰のうち飯盛山の山腹約150mの区間がトンネル化されたそうです。
下の写真が、そのトンネル「戸ノ口堰洞穴」です。

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この戸ノ口堰洞穴は、鶴ケ城(会津若松城)を仰ぎながら壮絶な最期を遂げた、あの白虎隊の少年達がくぐり抜けた事でも知られています。
会津戦争では、白虎隊士中二番隊の隊士達20人が、戸ノ口原に布陣している味方軍応援のため派遣されましたが苦戦を強いられ、お城の安否を確かめようと鶴ヶ城が望める飯盛山に向かう途中で、水に浸かりながらこの洞穴を通過したのです。
そして、この洞穴を抜けた後、飯盛山から城下町が炎上しているの見た白虎隊士達20人は絶望して自刃し、そのうちの19人が帰らぬ人となりました…。

下の写真1枚目は、白虎隊自決の地で、2枚目は、その自決の地から眺めた会津の城下町です。2枚目の写真中央の緑が、鶴ケ城の一帯です。

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