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2010年1月20日 (水)

阪神淡路大震災で崩壊した地下空間

国内では関東大震災以来最悪・最大規模の震災となった「阪神淡路大震災」の発生から、今月で丁度15年が経ちました。

私は基本的に札幌で生まれ育った人間であり、震災発生時も札幌で暮らしていたため、被災者やその遺族・関係者でもない自分がこの震災についていろいろと語るのは、正直かなり僭越な気もするのですが、ただ、被災地ではありませんが関西地方(京都府八幡市)に平成14年4月~16年3月まで2年間住み、当時神戸や大阪などにもよく行っていた私としては、阪神地区はとても思い入れの強い地域であり、同地区を襲った阪神淡路震災には常に大きな関心を持っていますので、少々気は引けますが今日はあえて、この震災について触れてみたいと思います。

平成7年1月17日午前5時46分、兵庫県淡路島北部を震源とするマグニチュード7.3の大地震が、兵庫県南部(阪神地区)の各都心部・住宅街や淡路島などを直撃しました。
当時、私はテレビの中継で札幌からその状況を見ていましたが、日本人の誰もがそうであったように、想像を遙かに上回る被害状況のあまりの大きさに私は激しく驚き、半ば呆然としてテレビを見つめていました。
最終的には、同震災では建築物の倒壊や火災等により死者6,434人、負傷者約44,000人、全半壊家屋512,882棟、被害総額推定10兆円もの甚大な被害を出す事になりました。
そして、被災地以外の人達には今でもあまり知られていないかもしれないですが、阪神淡路大震災では、それまで一般に広く信じられてきた「地下は地上よりもむしろ地震に強くて安全」という“神話”も崩れ去り、地下空間も甚大な被害を被りました。

下の写真は、震災の2週間後(平成7年1月31日)に撮影された、神戸市兵庫区の国道28号線地下にある、神戸高速鉄道東西線の大開駅構内です。天井が大きく陥落し、駅そのものが完全に押し潰されています。
この時、もしここに電車が停まっていたとしたら、乗客に多数の死傷者が出て大惨事となっていた事は想像に難くないですが、幸いにも、ここに停まっていた電車(阪急三宮行きの6両編成の山陽電車)は地震発生の直前にここを発車し難を逃れました。

Save1963

下の写真は、震災発生日(1月17日)に撮影された、大開駅の地上部(国道28号線)で、丁度、上の写真に写っている場所の真上に当たります。
道路の各所には大きな亀裂が入り、道路中央部は大きく陥落し、そこには大量の泥水が溜り、車が何台も沈んでいます。

Save1961

これらの写真からも、地下空間の被災状況の大きさが分かるかと思います。
ちなみに、震災後、全壊した大開駅やその地上部の復旧作業は急ピッチで進められ、震災発生から約7ヶ月後の平成7年8月13日には、大開駅を通過する形で新開地~高速長田間の営業運転が再開され、震災から丁度1年後の翌8年1月17日には、大開駅も1年ぶりに営業を再開しました。

しかし、これ程大きな被害を出した震災でありながら、住民の入れ替わりが進んでいる事や、震災を知らない若い世代が急増している事などから、かつて被災地と呼ばれていた地域ですら、“震災の記憶”の風化が著しく進でいると云われています。
ですから、私は、これ以上震災の記憶を風化させてはいけない、震災の記憶はいつまでも語り継いでいかなければならない、という思いもあって、今回この記事をアップさせて頂いたのですが、ただ、私は強くそう思っている反面、「自分はあの時、家族を助け出す事ができなかった」と今でもまだ当時の出来事を消し去る事のできない重荷として背負い自分を責め続けている被災者やその遺族の方々には、早く当時の事を忘れて貰いたいとまでは図々しくて言えないものの、もう15年も経ったのだから早くその重荷を降ろして精神的に解放させてあげたい、今後はもっと前向きに生きて貰いたい、とも願っています。

これは完全に矛盾するのですが、私は、いつまでも忘れずに永遠に語り継ぐ必要性と、いつまでも語り続けなくてはいけない重荷からの解放の必要性、というものを感じています…。

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