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2008年10月

2008年10月30日 (木)

新橋ガード下の“謎のトンネル”

先日、2泊3日の日程で東京に旅行に行き、1泊目の夜は知人と一緒に新橋で飲んできたのですが、飲み終えてその知人と別れた後、私は一人で新橋から有楽町まで歩きました。そして、山手線の新橋駅~有楽町駅間のガード下に南北に延々と伸びる、長くて細い謎のトンネルを歩いてきました。
正確には、これはあくまでもガード下の通路であって、所謂トンネルではありません。しかし、外からほとんど日の光が入らず、出口も見えずにどこまでも直線に伸びるその雰囲気は、まさに地下トンネルそのものです。

実はこの通路の存在は、「ワンダーJAPAN 6号」(三才ブックス刊)という本で、私は以前からその存在を知っていました。その本には、以下のように書かれていました。
有楽町から新橋方面に向かってフラフラと自転車をこいでいると、山手線のガード下にふと見慣れぬ看板が。茶色地に黄色の文字で「新橋方面近道」とある。薄汚れた壁、薄暗い照明。その近道、先のほうは入口付近より少し下っている。入居している店舗の看板は空白だらけ。そのまま吸い寄せられるように入っていった空間は、開発からすっかり取り残された昭和が色濃く残る細くて長~~~いトンネルだった。
トンネルを奥まで進んでいくと、中華料理(モーニングラーメン300円!)、韓国料理などの飲食店、理髪店、業界紙系新聞社などがポツリポツリとある。もちろん開かずの間のような、完全に封鎖された部屋もいくつもある。歩道だと思っていたら自転車やバイク、たまに軽トラまで停めてあったりする。壁のポスターははがれたまま。なんの部屋かわからない施錠された古びたドア。白いタイル張りのトイレ(もちろん和式)も時代を感じさせる。
トイレの脇に階段があったので登ってみた。そこには1階部分よりも多少きれいではあるが、無機質でより細長~~~い空間が延々と伸びている。人気がまったくない。1階も不思議だが、2階通路はさらに《異空間》!山手線の高架下にこんな世界が残っていたとは!! 新橋は奥が深い。

これを読んで私は、次に新橋方面に行く時はこの通路を是非歩いてみよう!と密かに決めていたのです(笑)。
下の写真は、上の引用文の中で『茶色地に黄色の文字で「新橋方面近道」とある』と書かれていた、この通路の有楽町側の入口です。私は新橋方面から入ったためここから外に出ましたが、有楽町からこの通路へと向かう場合は、ここがこの通路の入口となります。

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下の写真2枚は、通路のほぼ中央部で撮ったものです。この“トンネル”の雰囲気が伝わってくると思います。都心に極めて近い場所であるにも拘らず、御覧のように人の往来はほとんどありません。

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下の写真は、前出の引用文で『異空間』と紹介されていた、2階の通路です。その存在意義も分からない、謎の通路です。ここは1階の通路以上に人気が無く、外が見える窓もないため、もし何日間もここに籠もっていると、きっと朝なのか夜なのかも分からなくなると思います。壁に落書きがされていたり、床にゴミが落ちていたり、そういった荒れた雰囲気が全く無いのも、不思議といえば不思議です。

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今度東京に行った時は、ちょっと勇気を出して、この通路にあるお店で食事をしてみようと思います(笑)。

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2008年10月10日 (金)

閉鎖されたトンネルが多い国道229号

先週、檜山支庁管内のせたな町で、1泊2日の日程で仕事関係の研修会があり出席してきたのですが、せたなから札幌への帰路は、断崖絶壁・奇岩などの絶景が続く、日本海側の海岸沿いを走る国道229号(通称:追分ソーランライン)を通ってきました。
檜山から後志にかけての日本海側の海岸は、「よくこんな所に道路を造ったな」と思える程急峻な地形が続き、そのため当然トンネルも多く、トンネルが好きな私にとっては、自然豊かな周囲のその光景と共に、走っていて楽しい道路でした。

ただ、落石・岩盤崩落防止、高波からの道路・車両擁護、狭い道路の拡幅、急カーブの解消等、様々な危険回避のため近年、国道229号の特に危険な箇所が多い区間は次々と新しい道路に造り直されており、そのため、今まで海岸線に沿って縫うようにウネウネと走っていた区間の多くは、その区間内にあった複数のトンネルと共に「旧道」として閉鎖され、そのすぐ近くに建設された真っ直ぐで長いトンネルが「現国道」として新たに使用されています。
このような、危険箇所を回避しショートカットする新しい道路やトンネルが229号の各地で建設された事により、今まで道路から見えた数々の奇岩や、絶壁などの一部にあった滝などが見られなくなり、その事は観光に訪れる人からは「車窓の景色がつまらなくなった」と不評なようですが、しかし新しい道路やトンネルの建設は、安全のためには当然必要な事です。実際、過去に何度も事故が起きているのですから。

ちなみに、229号で起った特に代表的な事故としては、津波により走行中の路線バスが海に押し出されて17名が死亡・行方不明となった事故(昭和37年)、余市町と古平町の境にある豊浜トンネルの岩盤が崩落しトンネル内を走行中だった路線バスと乗用車の2台が押し潰されて20名が死亡する事故(平成8年)、島牧村の第2白糸トンネルが大規模な岩盤斜面崩壊により崩落した事故(平成9年)、台風18号により神恵内村の大森大橋の橋げたが落下した事故(平成16年)などが挙げられます。

というわけで、今回は、札幌へと帰る道中、229号に新しく造られたトンネルと、そのすぐ傍らでただ朽ちるのを待つだけとなった旧トンネルの様子をちょっとだけ見学してきました。

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上の写真は、島牧村の太平海岸にある、平成元年に開通した太平トンネル(1.1km)です。御覧のように、かなり立派なトンネルです。

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上の写真は、太平トンネルの開通により閉鎖された旧道のトンネルで、この旧道には複数のトンネルがあったようです(このトンネルの先にも更に別のトンネルが見えます)。使われなくなってからまだそれ程時間は経っていないようで、路面状況などを見ると車はすぐにも走れそうな感じでしたが、トンネルの入口がフェンスで閉鎖されているため、現在は人も車も通行は不可です。

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上の写真は寿都町にあった種前トンネルで、右側が現在使われているトンネルで、作業用車両が抗門で停車している左側のトンネルが旧道です。この写真を見る限りでは、旧トンネルの抗門は閉鎖されていないのかもしれませんが、どのみち関係車両以外は通行禁止のようです。

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上の写真は、寿都町(岩内町との境の近く)にある磯谷トンネルです。御覧のように、左側の旧道の坑門はコンクリートで完全に塞がれていました。229号では、このように坑門が完全に塞がれたトンネルも多く見る事ができます。

次回は、今回は行けなかった229号の岩内町よりも北側(積丹半島方面)をドライブして、廃棄された旧道のトンネルを更に探索してみようと思います。

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